8区を走りました水内です。


応援、補助員、サポート等ありがとうございました。


特にラスト3kmの応援、とても力になりました。


応援がなかったら繰り上げスタート勢に吸い込まれていたのかもしれません。


見た目も8番でゴールできて本当に良かったです。


(個人の振り返り)


今だから言えますが、10月の奈良の記録会までは5か月近く試合に出ておらず、走りに違和感があって、メンバー漏れの可能性が結構あるんじゃないか?と思っておりました。


知らない人が多いでしょうが、奈良の記録会も実は途中で集団から離れかけて、なかなかに危うかったです。


平尾とキムの応援が、垂れている人に対するものだったのをよく覚えています。


しかしラスト4000くらいからなぜか蘇り、32分台を出せました。


そこで、この感覚の悪さで32分台が出るならやれるかもしれないと少し光が見えました。


しかし、長居TTでは昨年よりタイムを縮め、メンバーには滑り込んだものの、今年のコース変更のことを考えると、それなりのメンツが集まることが予想される8区が自分で本当に大丈夫なのか不安でした。


だから腰に不安があっても新谷のほうが良いんじゃないかと思って、ちょっとゴネたりしました。


でも、周りの意見を聞くとやっぱり自分が走らないといけないと思い、最後の10日くらいは腹をくくれました。


駅伝主将にも関わらず、くよくよしてすみませんでした。


当日は、二区の定点カメラで角さんがいい感じで走っているのを見てこれはいけると確信しました。


ライバルになると予想した大学がことごとく後ろにいたからです。


僕の構想は、5区まではなんとか耐えて、6・7区でひっくり返すというものだったので、この時点でもうニヤニヤしていました。


しかし、みんなのすごい走りを見る中で、最後に自分がしくじったらどうしようという強い不安にスタート直前は襲われました。


また、のりが京大を抜くことは想定しておらず、襷をもらった時はかなり動揺していました。


冷静ではなかったのでタスキの向きも全く考えられませんでした。ごめんなさい若江さん。


とにかく京大から逃げることを考えて走り続けました。


京大の応援の人がいっぱいいたので、自分が通り過ぎてから、京大の走者に声をかけるまでどのくらい時間の差があるかを確認していましたが、そんなに詰まっておらず、むしろ離れているんじゃないかと希望をもって走れました。


後ろを見るのもなんか嫌だったので競技場のトラックに入るまでは一度もみませんでした。


最後の3kmは3分30秒近くかかる垂れ具合でしたが、向かい風がすごかったみたいです。


ゴールのガッツポーズはその場の思い付きでしたが、本当にうれしかったです。


まさか8位でゴールできるとは思ってもいませんでした。


こんなプレゼントをしてくれた前の7人に感謝してもしきれません。ありがとう。


区間順位は13位ということで、まあ実力通りかなと思います。


風が強かったようで、繰り上げスタートしたほうがタイムは伸びたかもしれませんが、そんなことはどうでもいいです。


単独走という同じ条件で、30分台の同志社に1分もやられていないのでむしろ上出来かもしれません。


(全体の振り返り)


120点だと思います。


うまくいきすぎてこれから不幸なことが起きないかびくびくしています。


勝因は、自分たちのコンディションをしっかり整えられたことじゃないでしょうか。


他校は体調不良者や、けが人が出て狂いが生じていたそうです。


周りのことを気にする前に、まず自分たちの最善を尽くせってことですね。


昨日の日記でのりもいろいろ書いてくれていましたがその通りだと思います。


去年からメンツが変わらないということで、2年計画だったと思いますが、太一さんが蒔いた種に適量の水をやれてよかったです。


6月の全日本予選では、個人としては怪我で敵前逃亡し、自分が設定した目標タイムがことごとく外れたので、駅伝主将として俺はヤヴァイと思いました。


その後もいろいろありましたが、最後の調整練習の内容を聞いていいチームができたと思えました。


このメンバーで駅伝主将ができて幸せでした。本当にありがとうございました。


1月からパート長としてまた復帰しますので、もうそろそろ僕に飽きているかもしれませんが、よろしくお願いします。


それまでは則岡政権の改革を見させていただきます。


まずは年内の記録会、頑張ります。


明日は何がしたいのかよくわからない人。

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