チキンとコーク

 クリスマス

それは

地獄の1週間



学年は3回

バイト歴は約1年



しかし今年は同期及び先輩がクリスマスに全然入らず、最も忙しいイヴに厨房リーダー



昨日は朝からおやつまで働き

帰宅後、昼兼夜飯を食べ



血糖値スパイクと疲労により

起きた時にはM1優勝者が喜んでいた

という最悪の事態



流石に見逃し配信を見るしかない



どうも福本です




昨日は23時ごろに日記とりあえず次の人を探すか

と思って開いたらmnrが書いていて無事

探すことなく安眠できました。



というわけで一年の振り帰る前に


まずはマラソンの振り返り



奈良マラソン:2°54'44


しんどかったです。

最初はとりあえず友に厚い漢の後ろにストーカーしようとくっついていたところ、(3'35)



アキレス腱痛い痛い詐欺をしていたキムラソが後ろから満面の笑みを浮かべて合流&先頭



10kmくらいの奈良公園の坂で

このまま行ったら持たないなと感じ、

2人から離れるも3’50付近を1人でダラダラと走る



いつも通り腹痛が来て、天理からの帰りの坂を登り切った後にはすでに足が限界に来ており

同時に杉本に追いつかれる



少し一緒に走ろうという素振りを見せてくれ、

それに応えようと頑張るも無理で

杉本に置いてかれる



残りの7kmからはいかにキロ5を切らないか、3時間を切るかを考え、

これ以上スピードを出せば

すぐに攣る準備のできている太ももとケツと共にゴールを目指しました。




たくまさんの言う通り僕の走りはマラソンに向いてないらしいです



以上振り返り



あとは一年の振り返りと言うことで

前回書いた文章をコピペして終わります


一応ですが、



丹後の振り返りのつもりで書いていたので、



少し暗めです。









始まりは2025関西インカレロードの部


足首やすねに違和感を感じつつも、

いままで休暇が必要なほどの怪我をしたことがないために走ることを続けた。


関西インカレ10000m、

全日本駅伝予選会


夏であるにもかかわらず自己ベストを更新し続け、とても調子が良かった



そしてそのまま三商戦に挑もうとした


ジョグは当然、歩く際にもひどく痛みを持ったこの脚で



しかし

「マジで無理しない方がいい」とルーキーにガチ心配され、

整体に行き、シンスプリントと判明



残り一週間もなかったが三商戦を欠場することを決める



「今まで痛めてもすぐ治ったしな」の感覚で一週間だけノーラン



復帰後すぐにポイント練習を開始

夏休みで夕練も始まり、

周りがメニューをこなしていることを見て焦りを感じ、

まだ足は痛かったが、走り始めた。

厚底シューズのクッションで誤魔化しながら



復帰後一週間、やはり痛い。なんなら増している。



ここで先輩にいろいろ相談し、夏合宿までに治せれば駅伝に間に合うかと腹を決め、痛くなくなるまで走らないこと決心した。




そして夏合宿1週間前、まだ痛いが、ここで走り始めないとさすがに間に合わない

復帰する。



自分が弱くなっていると感じながら

夏合宿へ、



ポイントができる脚ではないので、脚づくりで距離を踏むことを目標にする


結果は114km、順調に踏めた、最後のペーランもできた。ギリ間に合うかな




選考開始

奈良9月20日 5000m 16’12”70

奈良10月5日 10000m 33’24”75


どちらも勝負強さを感じることはできた

ただ全力で走ったのにタイムが全然ついてこない



10000mの勝負に一応勝ったけど、こんなタイムの僕を駅伝出走させたくないなと感じる。


駅伝はやはり安定感。

現状でこのタイムの選手が、急ピッチで合わせて来たところで、信頼がおけるかと言われれば、そうではない。

僕の考えでは。




でも頑張るしかない。


10000mが得意な僕はttで勝ち取るしかない。


ユニバーで練習を積む


試走でライバルに負ける


事前のポイントでもライバルに離される


それでも強かった自分を信じて走るしかない



TT当日

自分のミスで遅刻、

十分なアップもできず出走

33’38”41



全力を尽くしたし、腹痛も来なかった。  


完敗



「アップできなかったしな」

「まだ次があるからな」

周りの優しい言葉。この言葉を

かけさせないためにも勝ちたかった。


ここで勝たなきゃいけないと一年前からわかっていたはずなのに



でも僕は駅伝主将。

チームを引っ張る立場



あと一回のチャンスにすべてをかけるしかない。



再度ユニバーで練習を重ね




京阪神

15’23”14 自己新(ライバルにも勝利)


でも、終始後ろにつく展開。ラストの意地で抜くことができただけのレース




久しぶりの自己新を喜ぶ気持ちと、

強くはない走りをした自分への落胆




そしてメンバー決めミーティング

大事な会議であるからこそ慎重に話を進める。


一方で、自分が駅伝出走か否か、まだ決めたくない。

 



いよいよ、その話をする時が来た。

選手の話し合いを待つ。






メンバーには選ばれなかった。


薄々わかっていはいたが、自分以外の名前が出たとき


言葉に詰まってしまった。



明るくしなきゃならない、でも言葉が詰まる。


ようやく話し始め、8人が決定したことを喜び合う。



その後、なんどもあの話し合いが頭に浮かび、そのたびに、

「やっぱ自分ではなかったな」と

再確認をし納得させる



でも僕は駅伝主将


第1補欠でもあるし、万全の身体で駅伝に望まないといけない




いつも通り発達とユニバーで練習を行う。



駅伝前日、選手にコメントを書く

すべて本音の、選手への期待を書く



でも、なんで僕は走らないんやろうと思ってしまう


表には絶対に出さないが




駅伝当日 神戸大学8位


走り終わった後に悔しがる最終走者

その姿を見て、責任を負わせた申し訳なさを感じる




たらればではあるが、

自分が走れていれば、

勝負を決め切れていれば、

8人の輪の中にいれば、





2025丹後駅伝終了



そして、前回の日記へと続く





コメント

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