サ。

こんにちは。


秋、捻挫してからもう丹後走らないかもなと思った時に、部活に何を残せるだろうと真剣に考えたことがあります。


院に入っても続けさせてもらい、(部活の)終活を考えていた時期です。

それとちょうど同じくらいの時期ですかね、萩から「さんしょーのこと教えてください!」と言ってもらいました。


これだ、ということで、さんしょーについて長々と長々と書きます。


卒部論文です。がっきーさん(ミドル、新70回)のように自分の大学陸上を振り返ることはできませんでした。まじめに日誌とかつけれなかったので。

さんしょーに関しての卒部論文ということで、興味のある人は限られますが、修論の合間にちょくちょく書いてました。


修論まだ終わってないのに。こっちは書くのが楽しかったので終わってしまいました。


論文ぽい文体にしようとして読みにくくなってたりする。


では。


あ、ドーナツ•ピーナツ、まだ大阪拠点やった!うれしい!







3000m障害における競技技術と練習計画に関する形式知化
 ―9年間の実践を事例として―

佐々木太一

第1章 背景と目的 
3000m障害は,障害物を35回(うち7回は水濠)飛び越えながら3000m走ることを競う種目である.5000mを走り切る走力,1500mのスピード,そして障害を飛び越える技術が必要となっている.基本的に,走力の高い選手が3000mSCでも良い記録を残すことが多いが,その限りではない.障害を飛び越える技術,障害を使った練習量,(おそらく筋肉のつき方?)などによって,走力以上の結果が得られることもある種目である.他の種目に比べて練習の工夫の仕方も多くあるのではないかと筆者は考えている.
また,この種目は関西インカレにおいて,他の種目と比べて出場選手が少ないことを理由に,得点を獲得することが狙いやすい種目となっている.実際に,神戸大学にとって,過去12年以上は毎年得点を獲得している種目である(はず).しかしながら,神戸大学の中に3000mSCに対する練習メソッドの蓄積は少ない状況である.神戸大学が関西インカレで1部に昇格し,残留し続け,さらに上に向かうチームになるためには,3000mSCの練習方法や考えを蓄積していき,3000mSCへの参入障壁を下げることが必要であると考える.
そのため,本稿の目的は,高校1年生から修士2年まで9年間3000mSCに出場した筆者の練習方法や種目に対する考えを形式知化することである.後輩諸氏には,これを1つの事例として,参考にしてもらえると嬉しい. 
また,本稿で述べられていることの大半は受け売りである.今まで様々な方に教えてもらった事,アドバイスを筆者の経験の中で咀嚼し,解釈を加えたものを書き記すことにする. 

第2章 研究方法
1. 調査方法
 本稿は,筆者を事例とし,今まで行ってきた練習や考え方を詳細に記述する.調査期間は2017年5月から2025年10月である.主には,①障害の越え方から,②練習計画,③試合時の考え方,を中心にまとめる.

2. 事例対象者(筆者)の概要
後述する際,どの時期のどの話をしているか,を分かりやすくするため,筆者のこれまでの記録を記述する.高校1年生から修士2年までの主要大会(インターハイ路線,関西インカレ)での記録と,その年次のベスト,また参考として5000mの年次ベストを表2-1に示した.
基本的には,5000m15分半,3000mSC9分半がベースの競技人生だった.この前後をずっとうろうろしていた結果であり,9分半の切り方は心得ているつもりである.大学4年次は9分15あたりで安定して走れるようになったが,これはドラゴンフライを履くようになってからで,悲しいが,実力としての変化はあまりないのかもしれない.これらを踏まえて,以降の文章を参考にするかどうか判断してもらいたい.反面教師として使ってもらっても構わない.これくらいの人がこう考えてたんだぞということが,誰かの役に立てば本望である.
競技人生を通して,もっと走力が伸びていれば8分台に届いたのではないかと思うことは多々あるので,基本走力を伸ばす努力を続けることはやめないでいただきたい.






第3章 障害の越え方
1.障害の越え方
普通の障害は27回ある.言わずもがな,障害で如何に消耗しないか(休憩できるか?)がこの競技の見所であり,差をつけるポイントである.そして,出来るだけ足へのダメージを残さないために飛ばないことが重要だと私は考える.そのため本稿では,障害を「跳ぶ」という表現は使わずに「越える」と表現している(「跳ぶ」という表現あったらご愛敬).
まず,障害に向かう脚の合わせ方にも個人個人に合ったリズムがあると思う.私はトントントンのリズムで合わせているが,人によってはトンットトンのリズムで脚を合わせる人もいる.自分に合ったリズムを見つけてもらいたい.
踏切時の意識として,私は,脳内で障害に向かう5歩くらい前から障害までに足をつく場所を決めている.イメージとしては,脳内でけんけんパーの丸をつくるイメージである(伝わる気がしない). 
そして,越える時は勿論高くジャンプする必要はない.走っている勢いのまま,腰をクイっと上げるだけで良い.障害の上に乗ってからもわざわざ足をかけて蹴る必要もない.そのままストンと力をかけずに着地すればよい.

 踏切に関して,私は基本的には右踏切,右着地で統一している.しかし,レース中は混戦や疲労により,どうしてもいつものリズムで入れない場面が出てくる.そんな時,どう対処するか.私は以下の優先順位で対応していた.

① 大股で合わせる(最優先)
歩数が「少し届かない」と感じた時,私は迷わずストライドを伸ばして大股で合わせることを選択していた.理由は,スピードの減速が最も少なく,障害を越えた後の走りへの移行もスムーズだからである.躊躇して減速するくらいなら,勢いのまま突っ込んだ方が良い結果を生むことが多いと考える.

② 逆足で踏み切る
大股でも届かない,あるいはリズムが完全に逆になってしまった場合は,逆足で踏み切る.左右差なくスムーズに踏み切れるなら全く問題ないが,私自身は逆足だと空中でバランスを崩しがちだったため,極力①の大股で処理するようにしていた.
また,逆足踏切の際,「障害に足をかけるか,かけずに飛ぶか」という選択肢がある.私は大学3年の夏頃から,逆足の時は足をかけずに(ハードルのように)越えるようにしていた.足をかけると着地点が障害の手前になり,一度ブレーキがかかって遅くなる感覚があったからだ.ただし,足をかけない場合はその分高くジャンプする必要があり,踏切で脚力を消耗してしまう.結局どちらがトータルで効率が良いのかは,私自身も引退まで分からずじまいだった.ここは個人の運動能力と相談して決めてほしい.

③ ちょこちょこ走りで合わせる(避けるべき)
最も避けるべきなのが,障害の手前で歩幅を極端に狭める「ちょこちょこ走り」である.障害への恐怖心から無意識にやってしまいがちだが,これは減速と再加速を繰り返すことになり,体力の消耗が非常に激しい.
レース後半で「ちょこちょこ」にならないよう,練習の段階から遠くの距離で踏切位置を判断し,できるだけ①の大股か,スムーズな②逆足で入れるような距離感を養うトレーニングを積むことが重要である.

2.水濠の越え方
水濠は3000mSCにおける最大の難所であり,最もタイム差が出やすい場所である.水濠は「遠くへ跳ぶ」場所ではない.他の障害と同じで,「楽に速く越える」場所であると考えている.障害の上に足をかけた後,高くジャンプして着水地点を遠くにしようとすると,滞空時間が長くなり,着地衝撃も大きくなる.これでは後半の失速に直結する. 

私は高校時代から,他の障害と同じように越えるようにと教えられてきたため,練習の時は出来るだけストンと落ちようと意識しているが,実際試合時にはできるだけ遠くになるように跳んでいることが多い.矛盾しているように聞こえると思うがそんなものである. 私も他の障害と同じように越えることが正解であるとは心から信じることは出来ない.ただ,それくらいの意識であったほうが良いかもしれないという考えではある.基本的な内容は前節「障害の越え方」と同じであるため前節を参照されたいが,足の合わせ方に関しては,順番が変わる.私は逆足で跳ぶ器用さを持ち合わせていなかったため,水濠に関してはちょこちょこ走りで越えるしか無い場面が多々あった.

図3-1,3-2,3-3,3-4は,水濠に足をかけてから抜けるまでを示したものである. 
障害の側面を蹴るイメージというより軽く触る感じイメージの方が近い.走ってきた勢いのまま,越えるイメージを持っていた方がよいと考えている. 具体的に見ていく.障害の手前で斜めに足をかけるよりも障害にできるだけ(あくまで出来るだけで良い)平行になるように足をかけることを意識していた(図3-1).そして,走ってきた方向から見て奥側の側面を軽く弾く程度で障害を越えれた時に上手くいくことが多かった(図3-2). そして,ストンと片足が水に浸かるくらいの位置に着地し(図3-3),2歩目からは陸地に出る(図3-4)イメージで,水濠を越えていた.

図3-1 ハードルに足をかける場面
 
図3-2 ハードルから足が離れる場面

図3-3 着水の場面

図3-4 着水後2歩目の場面



第4章 練習の考え方
1.年間計画 
3000mSCは特殊な種目だが,ベースは長距離走である.冬季は障害をほとんど跳ばず,シーズンインに向けて徐々に導入していくのが私のスタイルであった.あまり,変なことはしていないが,基本的には,3月のシーズンインでは,毎年そこまでタイムは気にしていなかった.3月の学連を終えてから,さんしょースイッチを入れる感覚で,考えていた.ただ,大学4年に挙がるタイミングでは,シーズンインの試合から8分台チャレンジをしたかったので,早めにサンショースイッチを入れることにした.2月初頭にマラソンを走っていたので,ダメージが少なくなってから,スピード,障害練習に移行していった.



2.ベストが出る前の2か月練習メニュー

 大学3年次の練習メニューが残っていたので,記す.関西インカレが5月末に開催され,そこでは9分20秒であった.関西インカレも終わり,自分のタイムだけにレースしようと思って練習に臨んでいた時期である.西日本インカレを大きな目標としており,その次に兵庫選手権も勝ちたいレースであった.結果,西日本インカレでは,自己ベストを更新出来たが,6月の疲労からか,兵庫選手権では思うように走ることが出来なかった.
 それ以降,あまりさんしょーに向けて練習をつんでいたわけではないが,数々の試合を通して,適応していったのか,8月の学連競技会で自己ベストを更新することが出来た.
 その6月から8月初旬までの練習メニューを表4-2に示す.







3.練習の種類 

基本的に,普通のハードルを使用していた.高校の時は1台,障害があったので400mに1回は本番と同じ障害を利用して練習することが出来たが,大学入学後は,明石練習以外では,短距離用のハードルを使用していた.利用者が少ないタイミングを見て,ハードルを設置するしかない.また,メインストレートは短距離でよくつかわれているので,トラック半分の内に,4台のハードルを置くことが多かった.

1) 基礎走力向上 
これは言わずもがな.シーズン中は,ポイントはスピード練メインで行っていた.藤田さん(新66回)には,1500m3′55はいらないけど,1日で4分フラット×2出来るくらいにはスピードが欲しいよねとアドバイスをいただいた.

2) ペース障害(6000mH)
ペース走の中に障害を取り入れる練習.設定ペースは3'40-45"/km程度(平地で20kmPRとかのペースがよいかな..).ハードルの高さは一番低い高さでやっていたことが多かったように思う.この練習は,主に筋力トレーニング+足を合わせる感覚をつかむ,ための練習としてとらえていた.しんどくなってきた中でも足を上げるための練習.かつ,しんどくなってきてからでも踏切に向けて足を合わせる練習であった.

3)インターバル
・400mH×6本程度 
レースペースくらいで行う.ハードルの高さは,本番と同じ高さ(もしくは1段階下げる). 足をかけることは出来ないが,レースペースの中でも,しっかりと越えていく感覚を身に着けることが出来るメニューと思う.
先ほどのペース障害もそうだが,インターバルはとくに,周りに配慮して練習を行ってください.

第5章 試合時の考え方 
1.ペース配分 
レース展開は,主に2通りの「勝ち方」を目指して走っていた.①後方スタート1000mすぎてペースアップ,②フロントランである.
基本的に,集団の前方か後方につけるレースをおこなっていた.共通した理由は,水濠での接触と,自分のペースで走ることである.私はさんしょーほど自分のペースで走ることが良いと考えている.前の人のペースに合わせていては,障害のリズムも違えば転倒リスクも上がってしまうからである.
実際に2年次,関西チャンピオンシップ(コロナの影響で関カレが延期,5月は個人戦に)で,集団中盤に位置しており前の選手の転倒に巻き込まれたこともあり,

 それぞれの勝ち方のメリットを記述する
①後方スタート 
目標ペースに向けてイーブンで走ると基本的には後方スタートになることが多い.というのも,走力のある他の選手,距離が3000mであることを踏まえて最初の1000mは飛ばしすぎる傾向にあるからだ. そして,大体は1000mをすぎた瞬間に集団のペースはガクッと落ちる.その時に集団を抜かすことで,水濠や障害でのリスクも減らしつつ走ることができる.あと,何より,抜かす時,楽しい.


レース展開として後方スタートの上手く行った試合



②フロントラン 
これは,ある程度,組の中でも持ちタイムが上の時にしかできなかったが.何よりも自分のペースで走れることは,勝負としても有利だと考えている.
といいつつもフロントランしてラスト1000mでボロ負けする経験も何度もしたので勝つ時は勝つし負ける時は負けるということだろう. ラストレースもフロントランで負けたが,これは自分のペースで走れなかったことも敗因の一つと考えている(もちろん圧倒的に力負けもしていた).出来るだけ早く離したいと思い,後続を意識しすぎたレースだった.

 フロントランの上手く行った試合


③上手くいかなかったこと
今までは,勝ち筋を紹介したが,もちろん失敗して負けてきた数もたくさんある。

最後の関西インカレも悔しい結果に終わった。

比較的スローのペースで試合が進み,ずっと集団の中で様子を窺う展開である。ラスト勝負になっては勝てないと判断し,一か八ではあるけど2000m通過の水濠でペースを上げた。この判断自体は正しいと思っている。経験上,2000m通過の水濠は一番レースが動くポイントである。私も何度もそこで離された。

2000mの水濠が一番ミスしてはいけないまである。


判断自体は良いと思うが,思っているよりも他の選手の余裕が上回り,あっけなく離されてしまった。

もう一度同じ状況で勝てるかと言われてもその回答は難しいが,意外とフロントランの方が可能性あったのかなとも思ったりする。分からないが。

それだけ,さんしょーの集団走は難しいなと思うので皆さん頑張ってください



2.勝負どころ 
「3000mSCの勝負所はバックストレートである.水濠の1つ前の障害で前に出ていることで,水濠を有利に越えることができ,ラストスパートでも有利になるからである.」 

この教えを私は忠実に守っていた. 

ただ,この事を教えていただいた先生の教え子は,バックストレートはあまり頑張らず,ラスト100mでスパートをしていた.僕はあっけなく抜かされてしまった.何が正解かわからない. 

教えの実践動画(8:20-,臙脂と赤のユニフォーム)

第6章 まとめ 
以上,本稿では,筆者の3000mSCに対する考え方を記した.冒頭にも述べたが,これはほんの1事例に過ぎない.この練習や考え方がもちろん正義であるとは思っていない.これを読んで強くなるものではないが,1つの考え方,練習方法として何か参考になる部分があれば私自身も記した意義を感じられてうれしい.
最後に,筆者自身,高校3年生のころから8分台を目標に掲げてきたが,それが達成されることはなかった.本稿も9分少しで競技を終えた人間の残したものである.8分台の出し方は分からない.今後,8分台が続出し,神戸大学のサンショーメソッドが確立されることを願い,本稿の執筆を終える.


謝辞
 私の3000mSCの人生において,様々なアドバイスをしてくれた皆様,一緒に練習をしてくれた皆様に感謝を申し上げます.
 本稿の中でもその考え方が多く盛り込まれているアドバイスをしていただいた某高校の先生には,他校の生徒にあるにも関わらず丁寧な指導を受けることが出来ました.ありがとうございました.高校時代には,サンショーを始めるきっかけを作ってくれた1学年上の石丸さん,高校3年間一緒にさんしょーの練習をしてくれたたっくん,大学時代には,一番の思い出である4回生時の関西インカレを共に戦った若江さん,そして苦しい大学院時代に一緒に練習してくれて関カレも一緒に戦うことが出来たひろき,戦友として,濃い時間を過ごすことが出来ました.ありがとうございます.
記録会に向けて,明石で一緒に水濠練習をした,りくちゃん,あきら,とじ.枠が空いているという理由で,関カレに向けてさんしょーに挑戦してくれた青野,楽しそうにサンショー練習をしていたキム,明石の水濠には思い出が沢山です.
そして,この日記も,萩がさんしょーを始めなかったら書くことはありませんでした.はぎのおかげで自分のさんしょー人生を振り返ることができ楽しかったです.ありがとう.8分台で走る姿,全カレの決勝で戦う姿を勝手に期待しつつ応援しています.
 最後に,私のさんしょー人生で追い続けた柴田栗佑さまにはスペシャルサンクス.常に目標として,居続けてくださりありがとうございました.
 今回は3000mSCに絞りましたが,一緒に走ってくれた皆さんのおかげで楽しく陸上競技を続けられました.ありがとうございました.


コラム.就活で使える「3000m障害をやる理由」
Q.陸上の長距離ってだけでしんどい競技だと思うのですが,なぜさらにきつそうな競技をしているのですか?

A.私自身,長距離走の魅力はほかの競技に比べて,努力が占める割合が多いと思います.そのうえで,この3000mSCは,障害を越える技術など,練習で伸ばせる部分が多いです.練習次第で,走力だけでは勝てない選手と勝負できる点に魅力を感じ,この競技を続けてられています.

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